top of page


「羽後の子ども」第15集より
昭和59年(1984)は、7月「まごころ秋田キャンペーン」の一環として、盆踊りを東京上野で披露し、町のアピールを行いました。9月には金易二郎名誉九段(将棋)の頌徳碑が五輪坂に建立されました。 全県的な話題として、夏にインターハイがあり、水稲新品種として「あきたこまち」が登場...
晴夫 沼澤
2024年8月1日読了時間: 2分
閲覧数:17回
0件のコメント


昭和40年(1965) を紐解く
いよいよ昭和40年となりました。 2月号には、佐藤町長が「町政を運営するについての私の決意」と題した1ページにわたる文章がありました。 内容は、前年に議会で指摘され調査や処分を進めていた、町職員の「汚職」に伴うことでした。かなり詳細な点まで記され、当時いかに紛糾したかが想像...
晴夫 沼澤
2024年7月29日読了時間: 2分
閲覧数:11回
0件のコメント


昭和39年(1964) を紐解く
昭和39年を見ていきます。 この年は、国としては東京オリンピックの行われたメモリアルな年でした。 10月には若干それに触れた記事もありますが、全体のなかでは「出稼ぎ」に関する話題がやはり目立っていました。 農家が冬場の現金収入を求める流れが加速していたのでしょう。...
晴夫 沼澤
2024年7月26日読了時間: 2分
閲覧数:21回
0件のコメント


「羽後の子ども」第14集より
昭和58年は、5月にあの 日本海中部地震 が発生しました。 町では被災地能代市へ給水車を派遣したと記録にありました。 県による、ほ場整備事業や広域農道整備事業が進められ6月に終了しました。また、今も民間で建物が活用されている雇用促進住宅羽後宿舎が完成した年でもあります。...
晴夫 沼澤
2024年7月24日読了時間: 2分
閲覧数:16回
0件のコメント


「羽後の子ども」第13集より
昭和57年度は、500円硬貨発行、東北新幹線開業と全国的にも大きな変化のあった年でした。 町内では、秋には田代・仙道地区の県営ほ場整備事業が完成し、飯沢鈴木家住宅の修復工事も完了しました。 冬になって12月には羽後町商工会館の竣工があり、翌年1月に上到米小学校の新校舎も竣工...
晴夫 沼澤
2024年7月22日読了時間: 2分
閲覧数:16回
0件のコメント


「羽後町の伝説」を読む(その4)
第四回は「獅子争い」という話です。 これは、小坂太郎氏の文章。短いですので全文掲載としてみます。 西馬音内の御嶽神社の獅子は、伝説によればナンバン獅子といわれ、運慶の作といわれていた。 さて昔から、獅子舞には縄ばりがあった。獅子を舞う人々は小松の部落から代々出て、元気のよい...
晴夫 沼澤
2024年7月17日読了時間: 2分
閲覧数:19回
0件のコメント


昭和38年(1963) を紐解く
「羽後のれきし」8回目は昭和38年を取り上げます。 1月号(69号)に、実に興味深い記事がありました。 「廃れゆく旧小正月行事」と題された文章は西馬音内の柴田平助氏が書いたものでした。 近年コロナ禍で実施できなかった時もありましたが、西馬音内地区には1月15日の夜に「みかん...
晴夫 沼澤
2024年7月16日読了時間: 2分
閲覧数:21回
0件のコメント


「羽後の子ども」第12集より
昭和56年度は、4月に西馬音内盆踊りがサンフランシスコ桜祭りに参加しました。 夏には田代地区で牛の三つ子誕生し、町内初と話題になりました。 10月にコミュニティセンターの完成し、翌月開館しました。 11月には西馬音内の岩本団地の分譲が開始されました。...
晴夫 沼澤
2024年7月12日読了時間: 2分
閲覧数:22回
0件のコメント


昭和37年(1962) を紐解く
昭和37年を見ていきましょう。内容もバラエティに富んできました。 1月号(57号)は、干支である寅年生まれの方々の抱負や各界から町政に望む声、新しく導入にしたモニターの方々からの賀状、小学生の目標など、年頭にふさわしい文章がたくさんならんでいました。...
晴夫 沼澤
2024年7月9日読了時間: 2分
閲覧数:17回
0件のコメント


昭和36年(1961) を紐解く
昭和36年分の広報を見ていきましょう。 この年の冬はずいぶんと雪が降ったようです。詳しいデータなど、今のように記録されていませんが、2月号(47号)の記事によると「戦後かつてなかった大雪」という文章がありました。 そして3月号(48号)には、こんなスナップも載り、「大雪は7...
晴夫 沼澤
2024年7月6日読了時間: 2分
閲覧数:11回
0件のコメント


「羽後町の伝説」を読む(その3)
今回は「和尚塚」という話です。 舞台は、この写真でわかる方もいらっしゃるかもしれません。 来年には移転する羽後消防署の裏手になります。 伝説のダイジェストはこうです。 昔、「大潜(だいせん)」という托鉢修行を続けている和尚が、西馬音内にやってきたとき、川の流域では毛ダニに刺...
晴夫 沼澤
2024年7月4日読了時間: 2分
閲覧数:21回
0件のコメント


昭和35年(1960) を紐解く
昭和35年の広報を取り上げます。 西暦で1960年となり、国や県の動きも活発化していく様子がうかがえます。 1月号(34号)は、例年の町長・議長挨拶に加え、「昭和丗五年に想う」と題されて各団体から声が寄せられていました。...
晴夫 沼澤
2024年7月2日読了時間: 2分
閲覧数:17回
0件のコメント

「羽後の子ども」第11集より
昭和55年度(1980)は4月当初に町が過疎地域に指定されました。 この年の夏から秋は、日照不足・低温で水稲に深刻な被害がでました。 11月には樹齢約1,200年を誇った上到米・高橋の大杉を伐採することになりました。 1月に西馬音内の盆踊が国の重要無形民俗文化財に指定される...
晴夫 沼澤
2024年6月30日読了時間: 2分
閲覧数:18回
0件のコメント


昭和34年(1959) を紐解く
昭和34年の広報うごは、誌面の見やすさが一段とアップしました。 その一つは「写真」が多く取り上げられてきたことです。 「写真ニュース」というコーナーで、複数のトピックが取り上げられています。 5月(26号)では、「朝市」「学校の運動会」「上郡の簡易水道」「羽後高校の庭園」「...
晴夫 沼澤
2024年6月28日読了時間: 1分
閲覧数:21回
0件のコメント

「羽後町の伝説」を読む(その2)
第二回目は「和尚さんとガマ」です。 舞台になっているのは床舞地区の東光寺。ご承知の方も多いでしょうが、元図書館館長でもあった故田口恭雄先生が住職を務められておられた古刹です。 いつの時代か定かではありませんが、「昔、昔のお話」として伝えていきたいものです。...
晴夫 沼澤
2024年6月27日読了時間: 2分
閲覧数:20回
0件のコメント


「羽後の子ども」第10集より
昭和54年度(1979)の発刊です。 この年は、秋9月に羽後トンネルが開通しました。 10月には消防署羽後分署に救急車を配備されています。 11月には、今にながる「町民憲章」が制定されました。 この頃は、52年度に元西小学校、53年度に西馬音内小学校、そしてこの年度に仙道小...
晴夫 沼澤
2024年6月24日読了時間: 2分
閲覧数:31回
0件のコメント


昭和33年(1958) を紐解く
昭和33年の紙面を見ていきましょう。 1月の通巻第10号の一面は、当時の町長、議会議長の年頭挨拶の他に、「成人式、祭典を挙行」という記事が掲載されています。 前年までがどうだったか不明ですが、1月15日の成人の日(当時)に、町としても式を行い、その後「成人祭」と銘打って、講...
晴夫 沼澤
2024年6月22日読了時間: 2分
閲覧数:22回
0件のコメント


昭和32年(1957) を紐解く
第2号から第9号まで、つまり昭和32年分を見ていきたいと思います。 第2号には、赤十字運動、職員配置、サイロ・堆肥盤設置などの話題がありました。 続いての第3号では、わずかの紙幅でしたが目を惹かれる記事がありました。 「西馬音内本町通り 舗装道路完成」です。...
晴夫 沼澤
2024年6月20日読了時間: 2分
閲覧数:46回
0件のコメント
「羽後の子ども」第9集より
昭和53年度(1978)は、5月に第二十九回秋田県植樹祭が本町で開催されました。 10月には皇太子(現上皇)ご夫妻が来町し、3月に完成した松喬苑を視察なされました。 秋には、西馬音内川の改修工事が完成し、田代農村総合センターの竣工もなりました。県内の電話が100%自動化にな...
晴夫 沼澤
2024年6月19日読了時間: 3分
閲覧数:38回
0件のコメント


「羽後町の伝説」を読む(その1)
第一回目は冊子の順番通りに「浦田山の千両箱」を取り上げます。 浦田山というと、かつて羽後高校や西馬音内、元西小学校がスキー学習を使った地として記憶している方も多いでしょう。 実際に住所を調べてみると「西馬音内堀回浦田山」であり、元西の西馬音内城址(梺)が背負っている山を指す...
晴夫 沼澤
2024年6月19日読了時間: 2分
閲覧数:17回
0件のコメント
bottom of page