昭和53年度(1978)は、5月に第二十九回秋田県植樹祭が本町で開催されました。
10月には皇太子(現上皇)ご夫妻が来町し、3月に完成した松喬苑を視察なされました。
秋には、西馬音内川の改修工事が完成し、田代農村総合センターの竣工もなりました。県内の電話が100%自動化になったのもこの年度です。
すずめ
明治小2年
学校から帰るとき
草やぶのところまでくると
カサカサと音がした。
うしろを見てもだれもいない。
草やぶの中に
だれかいるのかとおもって
石をぶっつけてやった。
そしたら
草やぶの中から
すずめのたいぐんが
バターバターとでてきた。
びっくりして走って帰った。
◆いつもの帰り道に、いつもある「草やぶ」。音を立てたことによって、その草やぶが何か不穏なものに見えてくる。石をぶつけるという行動に出て、そのはてに、走って帰ってしまう自分。人間は自然には敵わない。すずめにも敵わない◆
田植え
仙道中3年
「さあえぐど」
毎年のきまり文句だ。
重いかごを腰にさげ
スタートラインにつく
今年の田んぼは百メートルだ
この手ににじんでくる
一年ぶりの土の感触だ
みるみるみんな進んでいく
隣の田では
田植え機がうなり声をあげている
手植えの人をあざ笑うかのように
進んで行く
「このやろう!」
心の中でどなりつけてやる
だれに向かっての一言であろう
おれより速い機械にか
長い長い改良されたたんぼにか
ちがう!
百姓をおしつぶすものに向かってだ
いつか夕陽がみんなを赤く染めている
働く人々の心も温かく染める
今年で最後になるかもしれない
人手の田植え
最後の一株だ!
豊作を祈って土にさしこむ
いつのまにか山は黒く迫っていた
(※この詩は全国小中学生徒作文詩コンクールで、詩の部1位という事で文部大臣賞を受賞した作品です)
◆人の手によって一株ずつ植えられていく苗が育ち、稲が実り、刈り取ることによって支えられていた「百姓」の暮らしは、次第に変貌していった。「黒く迫っていた」山の姿も現在では遠くにあるように感じる。それでも変わらず陽は昇り、人を照らし、心を染めて沈んでいく。その繰り返しは今も続いている◆
町立図書館で蔵書登録できていた号は結構抜けていた年度が多く、関係者を中心に訊いてみたのですが、今回の9号までしか収集できませんでした(令和6年3月時点)。
もしこれをお読みの方で、1~8号(昭和52年度以前の文集)を保存している方に心当たりがありましたら、図書館までご連絡いただければ幸いです。
文集文化が廃れていく傾向は時代の流れで抗うことは困難です。
だからこそ、現在も継続している文集等は大切にしていきたいし、以前の貴重な冊子を「保存」していく役割は、今を生きる私達が果たすべきかと思います。
どうぞ、ご支援ご協力ください。
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