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「羽後町の伝説」を読む(その9)
「伝説紹介」の第9回目は 「姥平(うばひら)の話」 です。 前回同様、仙道地区がその舞台です。 ダイジェストを次のようにまとめてみました。 昔、ひとり娘を飯沢に嫁にやって、一人暮らしをしているおばあさんがいました。...
晴夫 沼澤
2024年11月16日読了時間: 2分
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昭和50年(1975) を紐解く
町広報がまとめられた 「縮刷版 広報うご」 からの紹介ものこり少なくなりました。 昭和50年 です。 元日付けとして「 昭和49年度 目で見るおもな事業 」という特別版が発刊されています。 そこでは、以前から紹介している 「 羽後中学校実質統合 」「...
晴夫 沼澤
2024年11月12日読了時間: 2分
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「羽後の子ども」第20集より
町の小中学校児童生徒詩文集の継続は20集を迎え、その号は記念特集が組まれています。 さて、この年は、 平成元年度 としてスタートが切られました。 町のキャッチフレーズを「 緑と踊りと雪の町 」とし、新たに町の花「福寿草」、町の鳥「うぐいす」と決定しました。 うご町...
晴夫 沼澤
2024年11月8日読了時間: 2分
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昭和49年(1974) を紐解く
「広報うご」紹介も、 昭和40年代の最後49年 となりました。 この年の新年特集号には「 新春座談会 」の様子が取り上げられていました。 前年度までの県政モニターをした方や農業近代化ゼミナール関係者などが出席しておられたようです。...
晴夫 沼澤
2024年11月1日読了時間: 2分
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「羽後町の伝説」を読む(その8)
第8回目となりました。 今回は 「石鉢の清水」 という話です。 (元西地区に 伊勢鉢の清水 がありますが、これとは違います) ダイジェストを、次のようにまとめてみました。 昔、仙道の堀内の長者の家へ、旅のお坊さんが水をもらいに立ち寄った。...
晴夫 沼澤
2024年10月29日読了時間: 2分
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昭和48年(1973) を紐解く
昭和48年 に入ります。 48年というと、なんといってもこの話題が大きいはずです。 この出来事は羽後町民にとって心に残ると同時に、それに伴う 日常生活の変化を引き起こした とも考えられます。 時代の大きな波のうねりを感じさせられる一コマです。 ...
晴夫 沼澤
2024年10月23日読了時間: 2分
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「羽後の子ども」第19集より
この年度は 「昭和」の最後 、つまり63年度となります。 6月に町役場の 新庁舎 が現在位置に完成し、移転しました。さらに道路を挟んだ高校跡地が川原田分譲宅地として分譲を始めました。 9月には、田代青年後継者会が東京で 「嫁来いパレード」 を行い話題となりました。...
晴夫 沼澤
2024年10月14日読了時間: 2分
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昭和47年(1972) を紐解く
久々のアップになりました。 この当時の町の動きにダイナミックさを感じる 和47年 を取り上げます。 新年の1月号らしい お目出度い話題の記事 がありました。 現在でも入選となれば必ず報道されるほどの名誉ある出来事です。 町民として晴れがましいことですね。 ...
晴夫 沼澤
2024年10月11日読了時間: 2分
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「羽後町の伝説」を読む(その7)
第7回目は、ご存知の方も多い 「甚助地蔵(じんすけじぞう)」 です。 これは「羽後町の伝説」には 6ページにわたって載せられています。 また、教育委員会の作成した児童用副読本には(5)むかしの話として、「 甚助さんと治兵衛さん ~上到米のれきし~...
晴夫 沼澤
2024年10月4日読了時間: 2分
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昭和46年(1971) を紐解く
昭和46年を見ていきましょう。70年代らしい動きがよくわかります。 新年号は 「写真で見る町政の歩み」 と題され、かなりビジュアルに構成されていました。「ほ場整備」や「建設・土木行政」「福祉・保健活動」「社会教育」など、網羅されていた内容です。...
晴夫 沼澤
2024年9月23日読了時間: 2分
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「羽後の子ども」第18集より
昭和62年 は夏に集中豪雨のため、大きな被害( 田代・仙道地区を中心に約10億円の被害 )が出ました。 12月には田代保育所が竣工されました。またこの年度をもって、県立羽後高等学校高瀬分校が閉校となりました。 五輪坂の県営農地開発事業が完成し、農業振興シンポジウムを開催...
晴夫 沼澤
2024年9月9日読了時間: 2分
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昭和45年(1970) を紐解く
昭和45年… 時代は1970年代 となりました。 農業の近代化という問題が、より迫ってきた年と言っていいでしょうか。 2月号に 「『米の生産調整』にどう臨むか」 と大きく題されて記事が書かれており、減反問題に揺れ動く町の様子が想像できます。...
晴夫 沼澤
2024年9月3日読了時間: 2分
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昭和44年(1969) を紐解く
昭和44年 、西暦でいうと 1960年代最後の年 になります。 2月号に 「五輪坂スキー場」 の話題が載っています。 一定の年齢の方ならご承知のように、現在地ではなく道路を隔てた反対側に設置されたものです。 ロープトウにつかまり上って、滑り終えたことを思いだす人も多いのでは...
晴夫 沼澤
2024年9月3日読了時間: 2分
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「羽後の子ども」第17集より
昭和61年(1986)の詩作品です。 この年の3月、黒沢家住宅が 県有形文化財 に指定されたのに続き、61年度に入った4月には前郷神社本殿、西蔵寺山門、地蔵院鐘楼門、三輪神社鐘楼を町有形文化財に指定しました。 7月には 活性化センター...
晴夫 沼澤
2024年8月28日読了時間: 2分
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昭和43年(1968) を紐解く
昭和43年 分を見ていきます。 西暦だと 1968 年。実は広報のタイトル日付は、もう昭和38年から西暦年号が使われていて、だいぶ浸透していたようです。(しかし、また数年後に元号に戻ります) 1月、新年号に毎年のように載る、 町民の声...
晴夫 沼澤
2024年8月20日読了時間: 2分
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「羽後町の伝説」を読む(その6)
冊子「羽後町の伝説」を読み解いていくシリーズ、第六回目は 「小豆研(と)ぎ石」 という話です。 今回も舞台は 飯沢地区 。そして伝えられている素材も 「石」 です。やはり、物言わぬ存在に畏敬の念を抱くのは、人間の一つの習性なのかもしれません。...
晴夫 沼澤
2024年8月18日読了時間: 2分
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「羽後の子ども」第16集より
町文集の詩作品紹介も、いよいよ昭和60年代に入ります。 懐かしさを感じる年代も増えてくるはずです。。ぜひお読みください。 昭和60年度は5月に 軽井沢山村広場 が完成しました。 7月には「科学万博つくば」へ西馬音内盆踊りが参加しました。...
晴夫 沼澤
2024年8月16日読了時間: 2分
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昭和42年(1967) を紐解く
広報シリーズ、 昭和42年 を取り上げます。 この年も多彩な記事があります。 新年号には 「 町 立羽 後病院 」の完成記事 が掲載されていました。 もちろん旧病院である建物ですが、今も一部は使用されていますね。 出来上がった頃は、 あの独特の形状が印象深かった...
晴夫 沼澤
2024年8月13日読了時間: 1分
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昭和41年(1966) を紐解く
「広報うごを紐解く」シリーズも創刊から10年経過した時点に入っていきます。 昭和41年 を見ていきましょう。 今回は最初に4月号付の「 町の予算 」を取り上げてみます。 使い道などもイラストがあり、工夫されてきているようです。...
晴夫 沼澤
2024年8月11日読了時間: 2分
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「羽後町の伝説」を読む(その5
五回目となる今回は、飯沢地区の岩台の道ばたにある、直径約1メートル30センチほどの卵形の石のことです。その名は「婆(ば)っこ石」。 ダイジェストはこうです。 昔、婆様と孫が夜中にこの石のそばを通ったら、石が「ぼっ、ぼっ」と火を吐いていた。危ないからと消そうとしたがいくらやっ...
晴夫 沼澤
2024年8月5日読了時間: 2分
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