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執筆者の写真晴夫 沼澤

「羽後の子ども」第18集より

 昭和62年は夏に集中豪雨のため、大きな被害(田代・仙道地区を中心に約10億円の被害)が出ました。

 12月には田代保育所が竣工されました。またこの年度をもって、県立羽後高等学校高瀬分校が閉校となりました。

 五輪坂の県営農地開発事業が完成し、農業振興シンポジウムを開催されたのも、この年度末でした。

 



   あんこもち

          上仙道小2年

 

ばあちゃんが

「もぢできだど、ほれ食べれ。」

といってあんこもちをくれた。

はしでつかんで

はでぐっとかんでひっぱったら

ごむみたいにのびた。

もっと引っぱったらポチンともげて

あごのところにぶらさがった。

口の中に入れてかんだら

ねっぱねっぱしてはにひっかかった。

ひょっとこのように口をまげて食べたら

うちの人たちは

ぼくを見てわらった。

食べてからかがみを見たら

赤おにの口のように口のまわりに

あんこがいっぱいついていた。

 

 

◆もち米を炊いて、もちをついて、あんこをつくって、まぶして…家の人みんなで仕上げたあんこもち。「うまい」とも「おいしい」とも書かないが、たまらなくその味が伝わってくるのはどうしてだろう。昭和のおわりころ、まぎれもない「家族」の姿が見える。

 

 

 

  

 

       三輪中1年

 

ほんの少しの空き地は

もうすっかり枯葉色にそまり

柿の木には

柿の実だけが

肩を寄せあっている

 

冷たい秋の風が耳もとに話しかけてくる

「こんにちは、また今年もきましたよ」

そう、私はこの風を知っている

去年も通りすぎていった風

無言のまま

一枚の紅葉を

私の肩に残していった風

 

今年は中学生になって

深く沈んでいた心を

そっとなぐさめていった

 

あの風は

また来年もくるのだろうか

そしたら 名前をつけてあげたい



◆「私はこの風を知っている」という感覚は、自分にしかない。移ろいゆく景色は、一瞬一瞬の風により、ほんの少しずつ姿を変えていった証拠でもある。同じように、自分も常に変わっているけれど、めぐる季節で出会う風に懐かしさを感じるのは何故だろう。

 

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