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《55》ジンジョ
調べてみると、古語由来の方言は結構あるものだ。職についた頃に知った 「ケナリ」 もその一つであることを知った時は驚いた。 東北や秋田に限らず、全国各地でそんな語があるのだろう。 失われつつある、オラホのコトバのなかに、そうした歴史を見つけると嬉しくなる。 そういう時は大いに語っていきたいものだ。 もっとも、発音の違いで、全く別の意味にとられることもあるので、ご用心ご用心。 【ジンジョ】… 「きっと、必ず」の意味。 「あこでムゴの父さんど立ち話してだあの男、ジンジョ、このミャここアダリで、オガシゲなモノウリしで歩ってだヤヅだど。気つけねばな。」 (あそこで向かいの家の父さんと立ち話をしていたあの男は、きっとこの前この辺で、変な物を売りに歩いていた奴だよ。気をつけないとね。) 【ジンジョ】 は 「じじょう」(治定) が訛ったものとされる。 治定とは、古語だと「ぢぢゃう」で、「定まること。決定。必定」のことで「必ず、きっと」という意味を持つ。 『秋田のことば』(無明舎刊)には、 「じんじょ」と表記されて見出し になっている方言が、
晴夫 沼澤
2月6日読了時間: 2分


《54》ウソコギ・ウソマゲ
小さい頃を思い出すとき、友達との遊びやつきあいで、なんと言われた時に傷ついていたか…「嘘」に関わることではないか。嘘も方便といった都合のいい言葉を覚えなかった時代は、やはり一番心にこたえたなあ。 もちろんその当時は、実際の音声としてオラホのコトバで投げつけられていたわけである。 もしかしたら、今でもボソッと呟かれたらズキンと刺さるかもしれない。 【ウソコギ・ウソマゲ】… 「うそつき」「嘘を言う人」の意味。 【ウソコグ】【ウソマゲル】 の名詞形。 「こく」 も 「まける」 も「放つ」「言う」を表す動詞である。頻繁に使われていた。 「ほんとぇオメなば、ウソコギだおな。あたえ、やるって言ったなさ、一つも出げでにゃしゃあ」 (本当に、貴方はうそつきだねえ。あんなにやると言っていたのに、一つも出来ていないじゃないか) 『秋田のことば』(無明舎刊)にある 言語地図「32 うそをつく」 では、多いといえるのは「ばしこぐ」「ばしまげる」「じほまげる」「じほこぐ」のようである。 「うそまげる」「うそこぐ」は、湯沢雄勝の他には、にかほ、男鹿な
晴夫 沼澤
2月2日読了時間: 1分


《53》フギドリ
最近はそうでもないが、昔はなんとなく半年ばかり雪と一緒の生活が続いたようなイメージがある。 従って当然ながら冬や寒さや雪に関わる方言は多い。雪国で暮らしていく厳しさや辛さを表現する語も少なくない。 以前は、今と比べものにならない出来事もあったに違いない。例えば、冬の登山でなくとも事故や遭難があったはずだ。 このオラホのコトバを、よく大人が使っていたと思い出せば、こうした事実が身近にあったことを示しているだろう。 【フギドリ】… 「吹雪で行き倒れになってしまうこと。吹雪倒れ。」を意味する語。 「もう少したてば、雪強ぐ降ってくるらしど、びゃっこ酔っぱらってるがら、フギドリさにゃように、気つけで行げよぉ」 (もう少し経つと、雪が強く降ってくるらしいよ。少し酔っているから、行き倒れにならないように気をつけて行きなさい。) 「吹き倒れ」の音変化 した形だろうと『秋田のことば』(無明舎刊)には載っている。 車社会になって、春や秋でも歩行者を見かける度合いがぐんと下がっている。 まして、冬場だと珍しい。ゆえに死語になるコトバだとは
晴夫 沼澤
1月27日読了時間: 2分


《52》コシャグマゲル
生活の変化によって、人の行動に対する評価が変わるのは当たり前だ。 食生活が分かりやすいかもしれない。 昭和の時代にはあまり見られなかった、贅沢といってよいか、風変わりといってよいか、そんな食べ方などがテレビやネットにもそして日常にもあふれている。 そんな風景を見たら、どんな言葉で評価するのだろうか。 オラホのコトバでは、この語もその一つになるのではないか。 【コシャグマゲル】… 「小癪なことをする、または言う。小生意気、こざかしい、知ったかぶりな様子」を表している。 「見れ。隣の爺様さ、ゴミの出し方ワリどて、オッキタ声で文句言ってるど。あのワラシなば、ほんとえコシャクマゲデ、タマゲタおだな。」 (見なさい。お隣のお爺さんにゴミの出し方が悪いと、大声で注意しているよ。あの子は、本当に小生意気で驚いてしまうよ。) 「小癪」 という共通語はあり、意味は通じる。 しかし今は時代劇などで「小癪な奴め!!」という台詞ぐらいしか使われない気がする。 【コシャグマゲル】 もだんだんと使われなくなってきている。これは、何をしても
晴夫 沼澤
1月24日読了時間: 2分


《51》ヒジャカブ&ヒジチリ
身体の部位を表す方言はたくさんある。しかし、これも使用頻度が下がるとどうしても忘れがちだ。時々チェック(笑)してみたい。 普通の語彙として全国的にある、というか、昔は使われていたはずなのに今はあまり耳にしなくなって、方言の発音でこそ活きるような語もあるだろう。 例えば、オラホのコトバとしてこの語をセットで挙げてみたい。 【ヒジャカブ】… 「膝・膝頭(ひざがしら)」 【ヒジチリ】… 「肘・肘尻(ひじしり)」 「あやー、イデャケ。さきた玄関で転んで、ヒジャカブぶつけでしまった。起き上がったどこエのも、こんだぁ後ろさトックリギャって、ヒジチリちで、まだイデャグしてしまった。」 (おううっ本当に痛かった。さっき玄関で転んで膝を打ってしまった。起き上がれたのはいいけど、今度は後ろにひっくり返って、肘をついてしまって、また痛い目に遭ってしまった。) 「膝頭」は普通 「ひざがしら」 と読むが、 「ひざかぶ」 でも同じ漢字があてられている。そもそもは「かぶ」が古語で「かうべ(こうべ)」と同源であると『秋田のことば』(無明舎刊)にはあっ
晴夫 沼澤
1月19日読了時間: 2分


《50》ギッチョゲ
人口が減少したからか、人付き合いが減ったからか、はたまた社会全体の風潮と言えばいいのか、他人を形容する言葉が少なくなった気がする。 個性的と呼べる人物はネットやテレビでは見るが、身の周りには居なくなったのか。それとも、他者への評価的な語を発することをためらうようになったのか。 そんな時、ふと思い出す…この語もオラホのコトバだ。 【ギッチョゲ】… 「言うことをきかない。意地っ張り。偏屈」などの意味で使われる。 「ンダンダ。あの村長なば、あまりギッチョッゲで、今なばなえゆったて同じ。その問題だば、しばらぐ見でだほ ええよ」 (そうだよ。あの村長は、あんまりに頑固で、今だと何を言っても同じだ。その問題はしばらく傍観していた方がいいよ。) 『秋田のことば』(無明舎出版)を開くと、見出し語としては 【ぎっちこぐ】(言うことをきかない。妥協しない) が載っている。そういう言い方はオラホではしない。 例として載っている 「ぎっちょぎゃ」(大曲市)「ぎっちょげぁ」(大森町) が該当するだろう。 さて、その周辺のページは、動詞③
晴夫 沼澤
1月14日読了時間: 2分


《49》ンダベォン
秋田弁のビックワード(代表的な語という意味合い)の一つとして、 【ンダ】 を挙げてもいいだろう。 意味は「そうだ」「はい」ということで、単独ではあまり面白み?がない。 しかし、《3》に 【ンダタテ】 を取り上げているように、様々な場面で使われる複数の語尾とともに口に出してみると、とたんに味わい深くなる。 この語も、オラホのコトバとしてまだ十分に使用価値のある(笑)フレーズである。 【ンダベォン】… 「そうだろう」「たぶんそうでしょう」と返答するときに使われる。 発音は 【ンダビョー】【ンダビョン】 という聞こえ方も当然あるが、津軽のことばとして【ダビョン】が有名だったりするので、こちらを掲げておきたい。 「あの大統領のやりがだ見てれば、まんち人どご馬鹿にしてろうな。あれなば間違いなぐ、地獄さえぐべでゃ」「ンダベォン」 (あの大統領のやり方を見ていると、本当に人を馬鹿にしているよね。あんなふうだと間違いなく、地獄にいくよ。きっとそうだよ。) 【ンダ】 をもとにした、いろいろな言い方を思いつくまま挙げてみたい。...
晴夫 沼澤
1月4日読了時間: 2分


《48》ヤヂマゲダ
方言は当然口伝えであるから、いかに多く耳にしたかによって、脳への保存度合いが違うことだろう。 幼い頃や若い時分は使えなくとも、齢を重ねてから口に出来るということは、しょっちゅう聞いていたからなのか。 昔は難儀なことばかりだったからなあと思ったりする。 そんなオラホのコトバの一つがこれである。 【ヤヂマゲダ】… 「大変だ」「困ってしまった」などの意味 表記として 【やちまげだ】【やじまげる】 と載せている関連書が多い。 語源は明らかになっておらず、個人的に 「八千(やち)」+「撒ける」(つまり、たくさんのものがひっくり返るといった意味合い)ではないかと予想している が、どうだろう。 また使う頻度としては、過ぎ去ったことを言う場合が多いので過去形として挙げてみた。 「せんだって、隣の町であった火事でよぉ、三軒も焼げでしまったど。この寒びじきにヤヂマゲダべなあ」 (先日、隣の町であった火事では、三軒も焼けてしまったそうだね。この寒いときに本当 に大変だろうなあ) 自分や周囲だけでなく、全般に大変で取り返しのつかないよ
晴夫 沼澤
2025年12月30日読了時間: 2分


《47》ツマキャリ
齢を重ねるたびに、心に留めなければならない注意事項が増える。 身体動作に関わることがまず挙げられる。よく言われるのが 「転ばないこと」 で、同年代でお互いに気をつけ合う際に「コロバニャようにな」と優しく声をかけ合う。 しかしこれはオラホのコトバで語った方が、よりリアリティがある。 【ツマキャリ】… 「つまずく」「つまずいて転ぶこと」 「躓く+かえる」からの訛りと考えられる。 【チマケァリ】【シマケァリ】 という発音表記もある。 「ワギャジキなば、したごとニャガったのも、この頃はよぉ気つけでねば、すぐツマキャリしてしまうがら、そろそろと歩いでる」 (若い時分はそんなことはなかったけれど、この頃は気をつけていないと、すぐに躓いてしまうので、ゆっくりと歩いているよ) いつものように『秋田のことば』(無明舎出版社)を開くと、見出し語として似ている語がある。 【ちんきゃりこ】 である。 これは実際あまり使ったことはないが、耳にした時はある。この著には 「さかだち」「宙返り」 を意味すると書いてあった。 続けてこう説明
晴夫 沼澤
2025年12月27日読了時間: 2分


《46》ゴッツォ
結構な頻度で使っていて、おそらく方言だとわかっているが、あまり意識しない語はあるのかもしれない。 そして改めて「文字」にしてみると、少し新鮮なイメージを持ったりする。そんな語もある。このオラホのコトバもそうかもしれない。 【ゴッツォ】… 「ご馳走」「豪華な料理」などの意味。 当然、「ごちそう」が訛ってこうなったと考えられるが、どこか独特の響きがある。 「今日は朝早くがら皆よく難儀してけだがら、家さ帰ったらゴッツォいっぺつぐるがらな。」 (今日は、朝早くから、みんなよく頑張ってくれたから、家へ帰ったら、ごちそういっぱい作るからね) 単独でもよく使われるが、 【ゴッツォサン】 (ごちそうさま)は日常語でもある。 これは力士の言葉として有名な「ごっつあん」(感謝の意を表す)と同様であろう。 【オオゴッツォ】 (すごいご馳走)などという使い方もある。 ところで『秋田のことば』(無明舎出版社)には、見出し語としてこの語がなく、 【ごっつぉだんし】 が載っている。 しかも意味は「訪問の時のことば」つまり「ごめんください」
晴夫 沼澤
2025年12月26日読了時間: 1分


《45》マガス&
日常行為の方言が徐々に姿を消している。 それは行為・行動そのものが減っている場合と、ことばそのものがいわゆる共通語に浸食されている場合があるだろう。 ふだんの「失敗行動」は減らないようだから、そうした折に思い出したいオラホのコトバがある。 【マガス】… 「液体を入れ物からこぼしてしまう」の意味。 同様の場合に使われる 【マガル】 (こぼれる・あふれる)よりは、不注意や不測の感が強くあり、責任の所在がはっきりしていると言えよう。 「酒っこ運んできたば、廊下の曲がり角でツマケァリしてしまって、ビャッコ、マガシテしまった。ごめんしてけれ」 (お酒を運んで来たら、廊下の曲がり角でつまずいてしまって、少しこぼしてしまった。許してください) 【マゲル】 も含めて、おそらく 「撒く」 という語を由来に持つこれらは、それぞれにニュアンスの違いがある。 【マゲル】 は意識的にこぼすという面が強い。 「ぶちまける」 の意味、場面を想像すればわかりやすい。 他者に対して注意を促す場合にも、どの語を使うかで、口にする人の性格が反映し
晴夫 沼澤
2025年12月24日読了時間: 2分


《44》ユキユキデァ
擬音、擬態語といえば宮沢賢治の名前が浮かぶ。方言でそうした語は多くあるが、だんだんと使われなくなっている現実がある。 表現の画一化が進むのはちょっとばかり悲しい気がする。 自分の身体や心の状態をよく言い表していると感じるのは、オラホだけでなく、全国どの地方にもあるだろう。 【ユキユキデァ】… 「ふらふらする」の意味。 「揺れ動いている」様子を表す擬態語であり、主として自分の心身状況を示すときに使う。しかし、自分から見て他者などがゆらゆらしているような状態を指す場合もある。 「あまりええ湯っこで、ずっと浸かっていたば、あがったとだんに、ユキユキデァぐなってしまったおだ。」 (あまりいい温泉なので、ずっと入っていたら、あがったとたんに、ふらふらしてしまったよ。) 「向ごの家の嫁さん、遊びにいぐどころなんだが、さっきワラシたぢと一緒にユキユキって出てったけど」 (向かいの家のお嫁さん、遊びにいくのかな、さっき子供たちと一緒に嬉しそうにゆらゆらしながら出かけていったよ) 二つ目の例は、女性の体型的なニュアンス(太っている)や「うきう
晴夫 沼澤
2025年12月14日読了時間: 2分


《43》トゼネァ&
歳末が近づくと、慌ただしさと裏腹に心淋しくなる気持ちがよぎる日もある。そんな時によく使うオラホのコトバがある。 齢を重ねてくると、この語の響きがまた心に沁みてくる。 【トゼネァ】… 「淋しい」の意味。 「退屈だ」という意味も含まれると、いろいろな関連本に記されているが、個人的にはそんな感覚はほとんどない。 【トゼダ】 も同じように使われるし、こちらの方がやや「退屈だ」というニュアンスが感じられるかもしれない。 この「とぜ」とは 「徒然(とぜん)」 であり、 「なすこともなく退屈なこと」 と広辞苑にある。あの「徒然草」のつれづれということでもある。 「こごらあだりも、空き家ばがり増えてきて、まんちトゼネぐなってきたなあ」 (この辺りも、空き家ばかりが増えてきて、とても淋しくなってきたね) 近い意味を持つ語を思い浮かべると 【タチポシネァ】 や 【サビシネァ】 がある。 【サビシネァ】 は「さびしい」「さむい」からだと容易にわかるが、 【タチポシネァ】 は「心細い・不安」という感覚が強くなる。語調を整える接頭語「た」をつけて
晴夫 沼澤
2025年12月7日読了時間: 1分


《42》カンジョワリ&
秋田県出身のTV等で露出が多い芸能人は、由利出身が目立つからだろうか、 【ショシ】=「恥ずかしい」 が秋田方言としてよく登場するが、全県くまなくこの語を使っているわけではない。 オラホで「恥ずかしい」と言えば、この語がまず思い浮かぶ。 【カンジョワリ】 …「恥ずかしい」「きまりが悪い」の意味。 「勘定が悪い」から来ていると考えられる。 この場合の「勘定」とは、「事態の予測、考慮」だろう。それらがうまく行かないので気持がざわつくということか。 「アタエ大っき舞台の上で、何も喋れなぐなってしまって、本当え、カンジョワリっけたあ」 (あんなに大きな舞台の上で、何にも喋ることができなくなってしまって、本当に恥ずかしかったなあ) 似たようなニュアンスを持つ語として 【ワリ】【ヒトメワリ】【サダケニャ】 などがある。 【ワリ】 は「悪い」の訛りだろうし、様々な恥ずかしい場面だけでなく、「申し訳なく思う」場面でも使われるので、幅が広い。現在でも日常的に残っている。 【ヒトメワリ】【サダケニャ】 は「人目」や「定め」が関係するように思われ、そ
晴夫 沼澤
2025年12月2日読了時間: 1分


《41》ビャッコ
改まった場では使わないにしても、今でも日常生活では使用するし、十分耳に馴染んでいるオラホのコトバがある。 この語は、代表的な一つだろう。 【ビャッコ】 …「ほんの少し」「ちょっと」の意味。 「あの試合なば、あどもうビャッコで、逆転できるがったなあ。」 (あの試合は、あともう少しで逆転することができたのにねえ) 「急いでこの菓子を作るがら、そごさ腰かげて、ビャッコ待ってでけれ。」 (急いでこの菓子を作るので、そこに腰をかけて少しだけ待っててください。) 『秋田のことば』の見出しは、 【ばっこ】 が太字になっている。つまり県全体では、そちらが使用人口が多いということか。 『秋田弁一語一会』(佐藤稔 秋田魁新報社)には「10」として項目だてされていて、そこには「 用いられるのは県南の横手・湯沢あたり 」と、限定的な発音の語であることがわかる。 それにしても「少し」や「ちょっと」を表す方言の多さには、改めて驚かされる。自分が使える語だけを拾ってみても、このぐらいある。 【サットガ】【タチット】【チョッコラ】【チョベット】【ペチット】 .
晴夫 沼澤
2025年11月24日読了時間: 1分


《40》シマグ&
方言全般でだんだんと使われなくなるのは、品詞でいうと名詞か形容詞か動詞か…研究者なら傾向はわかるのだろうが、私如きでは今のところ見当がつかない。 思いつきになるのは承知のうえで、少しばかり動詞を続けて取り上げるのも面白いと思った。 たまたま読んだ本から、次のコトバを見つけた。 【シマグ(シマク)】 …「つかむ。つかまえる。」の意味。 「あんまりキガニャクテ、ここなば危にゃがら、あのワラシどご、シマイデデけれ。」 (本当に言うことを聞かないので、ここだと危ないから、あの子を捕まえててください) 秋田弁と言われるいくつかがそうであるように、 古語「しまく」 (とりまく。まきつくの意)が残っている、もしくは訛ったと考えられる語だ。 ところで、この語をもとに出来たとばかり思っていたコトバがある。 【シマグタデナラネ】… 「しまつに負えない。どうしようもない」という意味。 「あの日のイベントなば、そごさ居だ若い人だちよ、騒いでシマグタデナラネけった」 (あの日のイベントでは、そこに居た若い人たちが、騒いで始末に負えなかったよ)
晴夫 沼澤
2025年11月6日読了時間: 2分


昔話14「ねこの恩返し」
「羽後の昔話」も いよいよ最終話 となりました。 いろいろな動物が登場する民話や伝説の世界で、猫の話も当然ありますが、数は少ないように思います。 この冊子に収められているのも、この一つだけでした。 語りはこのように切りだされます。 町に近い所の村で、ある古しいお寺があったども貧乏な寺で、おっさんど、とら猫しか居ねがったど。 だれも法事も葬式も頼みにくる人居ねえで、売るにええ物皆売って、売る物も無くて、まんまんも食うごどでぎね有様になってしまったど。 それで猫のとらどご呼んで 「とらとら お前も知っての通り、小さい時からひとつに暮らして居だども、こうゆう貧乏だがらお前にまんまも食わせられねなで、お前どごさでも行って、まんま食わせでもらえる所さ行って暮らせでゃな」て、とらさ言ったば、 「おら、おっさんどごがら絶対離れねえ。おっさんなんぼそったごど言ったって、こうして大きぐなったな おっさんのおかげだ。おらおっさんの所からなば、絶対離れねえおら」 なんぼしたて、えぐって言わねすど。 そうしているうちに、そごのお寺の前をどこかの立派な家の
晴夫 沼澤
2025年10月20日読了時間: 2分


「羽後の子ども」第46集より
「羽後の子ども」第46集(2015年度)から、小学1年生と中学3年生の詩を紹介します。 言うまでもなく、複数の小学校・中学校の閉校があった年度です。 この地域文集の休刊 もそれがきっかけとなったことは確かです。 しかし、子どもたちはその年も変わらず元気で、その子なり...
晴夫 沼澤
2025年10月10日読了時間: 2分


昔話13「物売り」
「羽後の昔話」は、 第13話 となりました。 全14話が収められているなかで、一番短い話で1ページ半しかありません。 ですから、今回は最初から最後まで載せてみます。 話の内容はしごく簡単で、いったい何が言いたいのと思ってしまうほどですが…。 ...
晴夫 沼澤
2025年10月6日読了時間: 2分


《39》タウェネァ
ようやくドジャースが地区優勝した。(2025シーズン) 同様の方も多いだろうが、「大谷」中心にテレビ中継を視聴している。 今年の試合のなかでとりわけ印象深いのは、今月、山本由伸が登板してノーヒットノーランを逃し、はてにはリリーフ陣が総崩れで逆転された時だ。...
晴夫 沼澤
2025年9月29日読了時間: 2分
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