縮刷版の最終年度を迎える昭和51年を紹介します。
テレビ取材で真冬にお寺の境内で盆踊りのロケが行われたという記事が2月号に載っていました。
NHKのその番組「羽後町西馬音内」は数年前にも再放送されたように思います。
懐かしくご覧になった方も多いでしょう。
直接踊られた三人の方々には忘れられない時間だったでしょう。
例年、冬の代表的な記事は「出稼ぎ集会」です。
この年も多くの紙面が割かれていました。
今のように通信が発達していませんから、広報に載る写真等の貴重さが感じられます。
四月に、羽後中学校で「超一流」と形容してもいい作家と作曲家を招いての校歌のお披露目がありました。
今に残るこの歌は、羽後町の大きな財産の一つですね。
同じく四月号に「こいのぼり」の記事がありました。
この風景はめっきり少なくなった一つで、感電事故とともに時代の流れを感じさせる一コマです。
夏に大相撲の巡業が行われたことが大きく表紙に載っていました。
写真は「北の湖」と「輪島」の取り組みです。
往年のファンにとってはこれもまた懐かしい一コマではないでしょうか。
真坂峠の改良工事が行われたのもこの年でした。
まだ仙道・田代間は舗装されていない部分が残っていたはずです。
しかし、こうした改良がこの50年代でぐんぐん進んだことも事実です。
交通網整備は、この羽後町にもいろいろな変化をもたらしたことは確かでしょう。
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