《59》オドゲナラネ
- 晴夫 沼澤
- 5月30日
- 読了時間: 2分
齢を重ねるとちょっとやそっとのことでは驚かない…本当にそうだろうか。それは個人の性格的なものなのか。さらに言えば、もし加齢によってそういう場が減少するのは幸せなことか、逆に不幸なことか。
いや、結局何に驚くかが肝心だ。嬉しく、心ときめかせてくれる出来事等ならいいが、悲しく惨めな場合も考えられるだろうし…実際は「禍福はあざなえる縄のごとし」という格言通りなのかもしれない。
その点を覚悟しながら、それでも古びた頭に刺激を与えてくれる「驚き」を迎え入れる時に使うオラホのコトバがある。
【オドゲナラネ】…「冗談でない」「ただごとではない」「容易ではない」「油断ならない」など、様子や事態に対して驚きをもって形容する場合に使われる。
「キンノのユギなば、オドゲナラネだげ降ったけな。重だぐなってぇオラエの小屋の戸、アガニャグなってしまったでぁ」
(昨日の雪は、びっくりするくらい降ったねえ。屋根の雪が重くなって、家の小屋の入り口の戸が、開かなくなってしまったよ)

いつも参考にしている『秋田のことば』(無明舎刊)では、見出し語とし【おどげでねぁ】が使われている。
そこには古語の「あだける」(うわついたことを言う意味)に由来するという説が紹介されていた。
『湯沢・雄勝弁あれこれ』(イズミヤ出版)では、著者の根本さんが「戯けでない」という語を充てている。
いずれにしても、安穏としていたり、ふざけたりしている場合ではないというニュアンスが込められる。
そういう他者へのアピールは、つまり自分の驚きの強さを示していることで、独り言としても時折このコトバは浮かんできたりする。
突発的なことだけでなく、じわじわと社会情勢が悪くなっている印象がある昨今、個人的にはそれを作り出している政治態勢も「オドゲナラネなあ」と感じたりしている。



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