《56》イダマシ
- 晴夫 沼澤
- 6 日前
- 読了時間: 2分
昨年末に亡くなった小説家の内館牧子さんの作品『終わった人』に、秋田出身の女性が登場する。
彼女が主人公との会話で「いだわし」と口にするシーンがあった。ああ、とすぐにわかったが、ずっと自分が口にしてきた語との微妙な違いも気になった。
今月、観た朗読劇でもその台詞があり、客席も笑いが起こった。
しかし、意味を知らなかった人、ちょっと違うと感じた人…様々だろうなと思う。
ただ、微妙な発音差はあるにしても、残しておきたいオラホのコトバだ。
【イダマシ】…「もったいない・惜しい」の意味、また「かわいそう・気の毒だ」という意味でも使われる。

「あやあ、こごさ仕舞っておいだ、四角い箱っこ、どこさやったべ。なえでが、捨てたでが。ほんとえ、イダマシごど。あれなば何かの時まだ使えるがったべた。」
(あらっ、ここに入れて置いた、四角の箱はどこにあるのかな。ええっ、捨ててしまったの。本当にもったいない。あれだったら、何かあった時に使うことができたのに…)
【イダマシ】は、「痛ましい・傷ましい」の訛りと考えられる。
その語の意味は、悲惨さや苦しさなどが普通である。そこに「大切」のニュアンスも込められるようになったのは、昔の生活や暮らしの貧困さとも関係があるのかもしれない。
【イダマシ】は『秋田のことば』(無明舎刊)には、「えだわし」と表記されて見出しになっている。
そもそもこの本には「い」を見出しにしている語がないことに気づいた。
これは「イ」と「エ」が微妙に入り混じっている秋田弁発音の特徴とも言えるのだろうな。



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